新居家は讃岐藤氏の系譜。屋島合戦で源義経に従軍し、
『吾妻鏡』に名が残る。
住職挨拶
日頃より当寺をお支えくださる御門徒様、並びにご縁ある皆さまに、心より御礼申し上げます。
光住山昇了院 法恩寺は、永正元年(1504年)の創建と伝えられ、阿弥陀如来のみ教えをいただき、五百年以上にわたり歩みを重ねてまいりました。歴代には浄土真宗に深く学ぶ僧侶を多く輩出し、十三代・真栄は医を志したとの伝承も残ります。私と後住もまた、医薬に関わる専門職として宗教と医療の両面からご縁をいただいております。また、インド仏教哲学や真宗学に触れる講演会などを続け、皆さまとともに学ぶ場を育んでまいりました。皆さまの温かいご支援により、私の代で境内の整備も進めることができました。心より感謝申し上げます。
当寺の永代経・永代供養は古く、十二代・浄正の永代経にはじまり、十四代・浄休の納骨堂改修、十五代・良行による納骨永代経供養へと受け継がれております。私はその志を相続し、私はその志を相続し、過去に当寺を熱心に支えてくださった御門徒のご遺骨を、合祀(ごうし)することなく大切にお預かりし続けております。その歩みを踏まえ、合祀しない永代供養を整え、故人を明確にお偲びいただける安らぎの場をお守りしております。
五百年以上つながれてきた教えを大切に、これからも御門徒様、信徒様、並びにご縁ある皆さまのご供養に励み、次世代へ受け継いでまいります。
光住山昇了院法恩寺 第十六代住職 藤原 浄峰
僧侶紹介
藤原 浄峰 (ふじはら じょうほう)
法恩寺 住職。1947年、香川県生まれ。
大阪大学薬学部(薬学修士)、龍谷大学大学院文学研究科(文学修士)修了。
藤原 浄慎 (ふじはら じょうしん)
法恩寺 後住。1982年、香川県生まれ。
香川大学医学部医学科卒業(医学修士)、同大学院医学系研究科修了(医学博士)。
年中行事

3月|春彼岸会(春季永代経法要)
春のお彼岸に、先人のご遺徳を偲び、ともにお念仏をいただきます。
5月|永代経法要(御先祖納骨法要)
ご先祖を追悼し、阿弥陀如来の慈悲に感謝する大切な法要です。
9月|秋彼岸会(秋季永代経法要)
秋のお彼岸に、亡き方を偲び、お念仏の教えに耳を傾けます。
11月|報恩講
宗祖・親鸞聖人のご恩に感謝し、聖人の歩みと教えに触れる法要です。
浄土真宗で最も大切な行事です。
法恩寺の境内
◆ 本堂
文政11年(1828)に建立された、阿弥陀如来をご安置する当寺の中心のお堂です。堂内には、昭和32年、檀紙町出身の日本画家・野生司香雪(のうす こうせつ)による襖絵八面「インド・ヒマラヤの雪山図」が奉納されています。


◆ 納骨堂
文化元年(1804)建立。もとは経堂として用いられていました。
内部の左壁には「奄没羅採取図」、正面には観音の浄土を描く「補陀落迦山図」があります。いずれも日本画家・野生司香雪(のうす こうせつ)の筆によるものです。
当寺を長年支えてくださった御門徒様のご遺骨を、合祀(ごうし)せず大切にお守りしております。
◆ 書院
昭和12年(1937)建立。
来客対応や法務に用いられる建物です。


◆ 藩主寄贈の庭石
本堂前庭の東側には、藩主から賜ったと伝わる大きな庭石があります。もとは勅使御殿に置かれていたもので、力自慢の相撲取りが担いで運んだと語られています。
住職の法話に感銘を受けた藩主が、褒美として贈ったとされ、以来、寺宝として大切に守られてきました。
◆ 庫裡(くり)
平成8年(1996)、御門徒様のご寄付により建立されました。
住職が日常の務めを行う建物で、参拝受付・ご相談対応、また法要時の控え室として利用されています。


◆ 鐘楼門(しょうろうもん)
平成19年(2007)建立。
御門徒様のご寄付により建てられた門で、 梵鐘を備え、折々に鐘を撞きます。
法恩寺の歴史
法恩寺は、永正元年(1504)に創建されたと伝わる浄土真宗の寺院で、正式には 光住山昇了院 法恩寺 と号し、本尊に阿弥陀如来をお祀りしています。
開基は、武人でありながら念仏に帰依した 新居資親(浄願)。
応仁の乱で戦功を立てた後、蓮如上人に帰依し、菩提寺「正林坊」を鹿角へ移して法恩寺として再興しました。その後、新居家は戦国の動乱を経ても信仰を守り続け、寛永年間には寺を中心とした菩提の営みが定着。江戸中期には蓮成寺の末寺として位置づけられ、本願寺に連なる寺院としての地位を確立しました。
寺の由緒は、『讃岐香川郡志』(昭和19年)や『さぬき一宮郷土誌』(平成2年)に記録され、今日まで法灯が脈々と受け継がれています。
歴史年表
法恩寺の歴代住僧
法恩寺は、開基・浄願上人から脈々と法灯を受け継ぎ、これまで 16代 にわたり、地域とともに歩んでまいりました。
歴代住職は、それぞれの時代に応じて寺を護り、念仏の教えを伝えるとともに、多くの学僧を輩出してきました。
| 初代 | 浄願 | |
| 二代 | 浄空 | |
| 三代 | 浄玄 | |
| 四代 | 玄西 | |
| 五代 | 覚玄 | |
| 六代 | 遊玄 | |
| 七代 | 惠玄 | |
| 八代 | 惠教 | |
| 九代 | 惠柱 | |
| 十代 | 栄歡 | |
| 十一代 | 栄達 | |
| 十二代 | 浄正 | |
| 十三代 | 真栄 | |
| 十四代 | 浄休 | |
| 十五代 | 良行 | |
| 十六代 | 浄峰 | 現住職 |

第十四代 浄休
明治17年(1884)生まれ。若くして仏道に志し、各地で研鑽を積みました。念仏を日々の暮らしに生かす「実践の仏教」を重んじ、生涯を通じて教化と寺院の再興に尽力しました。在職中には、庫裡の移築、書院の新築、納骨堂の改修などを行いました。また宗門活動にも力を注ぎ、県会議員を2期、一宮教育委員会の初代委員長(昭和27年)、刑務所教講師などを務めるなど、寺外でも広く社会に貢献しました。著書に、念仏の心を平易に説いた『愚者の念仏』『真宗生活』があります。

第十五代 良行
昭和10年、龍谷大学を卒業後、行信教校で学びました。在任中には本堂の屋根替えを実施し、近代仏教の書籍・雑誌を広く収集するなど、寺院の整備と学問面の充実に尽力しました。主要な研究として、「讃岐における真宗教団の展開」(『真宗研究』第12編・昭和42年11月1日) が挙げられます。当地における真宗教団の展開を体系的にまとめた研究で、類書のない貴重な資料とされています。



